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【院長闘病記 後編】

掲載日:2022.08.08

7月10日

 夜中に咳で目覚めるとじっとりと汗をかいている。やはり夜間は発熱しているのかな。今日は休日だから朝寝坊して休もう。思えば開業して以来、ゆっくり休む事も眠る事も無かったな。再び寝付くまでの間、色々な事を感じ、思い浮かぶ。
 北海道は夜は湿度も少なく涼しいから良いけれども本州(道民は内地とも言う)でクーラー無しの部屋に住む独居患者は大変だろう。援助物資はほとんどレトルトで、猛暑の中では食も進まないだろう。
 幼児のいる家庭の自宅待機も大変だ。子どもが感染しても回復したら退屈したり暴れたり。援助物資に好きなおやつが必ず入っているわけでもない。隔離は守れないし、さみだれ式に他の家族も感染、その度に療養期間はリセット。親は疲労困憊だろう。
 自宅介護の高齢者を抱える家庭の苦悩はいかばかりか。要介護高齢者が感染すると入院が優先されるけど、逆に介護者が感染した場合には要介護高齢者の引受先はほとんど無いだろう。自宅介護をする人は家族への想いが強い方が多い。薄氷を踏む思いで自宅療養を続けている方に「感染させるかもしないけど、頑張って自宅介護を続けてください。」では残酷だろう。
 自分は花粉症持ちで元気な時は維持療法もサボってるけど、気道アレルギーは加齢で気管支が弱くなると喘息に進展する事もある。こうして症状が強くなると不安だな。普段は医師として諭している立場なのに、自分が患者の身になると足元をすくわれる気持ちになる。

 コロナ禍の人々に思いを馳せると、今までの日本の医療は患者さん達の「本当に届いて欲しい」領域には触れていなかったのではないか。それがコロナ禍で炙り出されたのではないだろうか。
 我々の医療はこれからどこに向かうべきなのか。せめて当院のオンライン診療が地域の患者さん達の幾ばくかの役に立っていて欲しいと思う。

7月11日

 療養期間も半分を過ぎ、もうこれ以上は悪化はしないだろうという安心感が芽生えて思考にも余裕が出てきた。
 数は少ないがオンライン診療の仕組みも上手くまわっている。当院の今回の経験を生かして何か仕組み化できないだろうか。色々考えるとアイデアも湧いてくる。

  1. 代診医が入った時も院長が同時にオンラインサポート、代診の先生も安心かな。
     医師会の開業医同士の急病もサポートできたら良いな。
  2. 女医さんは産休・育休だけじゃなく子どもの病気でも休みがちになるから、自宅からオンライン診療できれば、本人も医療現場もWin-Winになるかも。
  3. 処方は翌日になるけど、オンライン夕診はどうか。日中仕事で受診できない患者さん、旅行客や出張客も使ってくれそう。
  4. 医師の少ない離島や過疎地へオンライン診療で診察を代わってあげれば、現地の先生も休めるかな。(院長は琉球諸島や北海道の過疎地での勤務が多かったのです。)
  5. オンライン診療で患者さんが帰省、旅行、海外に行っても診療やアドバイスができる。スーパーかかりつけ医だ。
  6. 施設や保育所もオンライン診療に繋がれば、オンライン保健室になる。保護者のお迎え前に診察・処方まで済むなら安心かな。
  7. 夜間急病センターの当番もオンライン診療を取り入れたらどうだろう。

そうは言っても、身体は一つ。まずはしっかりと治療を終えよう。

7月12日

 臨時で代診を頼んでいた女性医師さんだが、お子様の学校が急遽学級閉鎖になってしまったため、事情を鑑みキャンセルとなる。
 お相手には大変恐縮されてしまったが、相手は当院が発熱外来をしている事も承知で手を挙げてくださった勇気ある方である。本来こちらが無理を言ってお願いした訳なので仕方の無い事である。
 むしろ職種に関わらず、意欲も能力もある女性医療者が子育てや介護などで医療への参加が阻まれている事、コロナ禍で更に困難になっている。これはゆゆしき事である。

7月13日

 自宅療養もあと3日と思うと気持ちも軽い。咳はしつこく残るが発熱なく体調は良い。

「強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない」

ありがとう煉獄さん。重症化しないのは、やっぱりワクチン接種3回のおかげだよ。

でも最初は
「ワクチン3回接種して(ワクチン接種が100%感染を防がないと分かっていても)自分がなぜ感染したのだろう。」と悔しく感じてしまっていた。

「よもやよもやだ。柱(医師)として不甲斐なし。穴があったら入りたい!」
鬼滅の刃の煉獄さんの言葉が沁みた。

 医者は忘れがちだが、本来は人間は「針を刺して体に何かを入れる」と言うことは非常に恐怖なのだ。

「昨日の自分より確実に強い自分になれる」

 新型コロナが社会の脅威であり、有効な新薬であると言うワクチンだからこそ皆が期待を込めて協力した。それがワクチンも1回が2回になり、接種間隔も短くなって、3回接種しても当の医療者までも感染する状況だ。一般国民の気持ちにしたら3回もワクチン接種したら、少なくとも1年は8〜9割は感染しない!と国や医療に言いきって欲しいだろう。

それなのに、それなのに、である。

 ワクチンでも抑えられない、決定的な特効薬も現れない。インフルエンザよりしつこく、季節に関わらず繰り返し感染の波が襲って来る。

 以前はホームページで誇らしくかかりつけ医を謳っていた医療機関が、発熱や風邪症状があるだけで「診察できません。」と言われてしまう。安定してる時だけ診て苦しい時に診療してくれないなんて、(それぞれの医療機関には事情があるにしても)一般国民からしたら、そりゃ怒るよね。かかりつけ医ってなんだろうって気持ちになる。

 国や医療への国民の信頼感がコロナ禍で揺らいでいるのではないか。そんなドロリとした不安を感じていた。

 当院では第3回の集団接種から異変が見られた。なかなか接種予約が埋まらない。中途半端な数で開封したワクチンを無駄にすることもあった。
 第7波は始まったようであるし、今後の国の医療政策もはっきりしない。発熱外来に対する支援も削減される予定だ。国はこのままコロナが蔓延した状況で何となく国民を「常時コロナ」の状態に慣らして医療や感染者を置き去りにしてしまうのではないか。医療は社会のインフラ(必須の設備)である。国民の信頼を繋ぎ止めるように、われわれ医療も変わらなければならない。

「俺は俺の責務を全うする!!」

やっぱり煉獄さんかっこいい。

rengoku-san

7月14日

 時間があるうちに7月12日に考えていたことをシミュレーションしてみることにした。
即ち

  1. 代診医が入った時の他の医師からのオンラインサポート。
  2. 自宅から複数の医師がオンライン診療に参加する。
  3. スタッフも含めた全員リモートワーク

 代診予定だった子育て中のA先生と育休中のB先生、旧知のお二人の女医さんに協力をお願いした。A先生、B先生、稲熊、当院医療クラークが別々の場所から同時にオンラインに参加。

  • 患者さんの画像状況
  • 会話を聞き取る通話品質
  • 患者情報(文書、写真など)

 これらを順番に見ながら仮想患者役、メイン医師、サブ医師、医療クラークに分かれて診察シミュレーションをおこなった。札幌、郡部、千歳市に別れ、それぞれのデバイスも電波状況も異なる家庭内のPC、タブレット、携帯、院内端末だったが結果としては非常に良好。

 5G(第5世代通信)の時代になれば、さらに問題なくなるだろう。
「開業医もラーメン屋の大将と同じさ。倒れたら終わりの個人事業だよ。」
開業医として、経営者としてずっと頭にこびりついた不安があった。
 でも将来は医師、看護師、医療事務、栄養士もリモートワークも可能になる。病気、ケガ、介護、子育て、障害者となっても同じように働き続ける職場を作れるかもしれない。そんな事を考えて気持ちも前向きになった。

7月15日

 コロナ禍では社会の分断が進んだと思う。特に幼いこどもたちの事が心配だ。マスクが強制される時代は子どもの対人コミュニケーショに大きな影響を与えただろう。大人になってクラスの同級生をどれだけ思い出せるだろう。楽しい行事はいつも目に見えないコロナと大人の理由で中止される。

 学校では「いじめはいけない、差別はいけない」と教えられていても世間ではコロナの名のもとに差別や区別が大ぴらに行われている。感染の広がりもいつも若い人のせいにされる。大人たちは国や政治の悪口ばかり。子どもたちの信じるものはとても狭く浅いものになってしまいそうで心配になる。

 敗戦で大人の欺瞞を見た世代は国や政治体制に反発して安保闘争を始めた。いつか若い世代から我々もしっぺ返しを食らうのだろうか。

 世間では新型コロナ患者が急増しており、第7波は確実なようだ。続々とweb問診に患者が登録されている。開業して以来忙しくて家でこんなに休んだのは初めてだから、すっかり休みぐせがついてしまった。コロナは治っても今度はサザエさん症候群(※1)だ、ワクチン無いしなぁ。明日は久しぶりの出勤だけど、頑張れるかな、、、、、多分、いや頑張ります。


(※1)サザエさん症候群とは、月曜日から始まる仕事・学業を考えて、日曜日の夕方から憂鬱になることである。
テレビアニメ『サザエさん』が日本国内の多くの地域で日曜日夕方に放映され、日曜日の終わりの代名詞となっていることが由来である。